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管理人の食卓風景と日常の日記
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今日は年に1回の、空自千歳基地の航空祭だったんですけど・・・。
まあ、しゃあないですな、同僚の結婚披露宴ではね。
陽射しが強い午後2時半頃、スーツにネクタイ姿で自宅を出発。
JR駅前で同じ披露宴に出席する院長とバッタリ出くわして、お互いに「暑い」と苦笑い。
院長はそのまま電車で、私と付き添いの奥さんはバスに乗って札幌へ。
JR札幌駅で奥さんと別れ、私は駅前のホテルへ直行。
会場はどこかとキョロキョロ見渡し、案内板に3階と書いてあったのでエスカレーターで行くと、2階の奥の方にカメラを抱えた人だかりができていた。
もしかしてと思い、遠巻きに眺めていたら、やはり私の職場の同僚が式を終えて友人達に写真撮影されていたところだった。
撮影がひと段落したところで控室に向かう新郎新婦が、エレベーターに乗るために私が立ってる方へ歩いてきた。
すぐに私を見つけた同僚の新婦、手を振って挨拶するので、写真を撮らせてと頼んだら満面の笑顔でポーズを決めてくれた。
ウエディングドレスの介添えをしていたホテルのベテラン女性職員が、私も一緒に撮りましょうと私からカメラを受け取り、新郎新婦とお邪魔ムシになってしまった私の3人で記念撮影。
いや~、幸せのお裾分けを貰っちゃいました。
何とタイミングが良かった事か、こんなラッキーな事に出会えると分かっていたら奥さんもここまで連れてくればよかった。
披露宴が始まる前に、後からやって来た他の同僚にその写真を見せたら羨ましがられて、恨まれそうになってしまいました(^^ゞ
午後5時披露宴が始まり、笑いあり涙ありの披露宴は2時間半をもってつつがなく終了。
院長以下、2次会へ行く連中はホテルのレストランへ、そのまま帰る人は三々五々帰宅し、私は札幌駅で奥さんと待ち合わせして、高速バスに乗って帰ってきました。
いや~、気温的にはそうでもないけど、真夏にスーツとネクタイは厳しいですね。
せめて、6月か9月にして欲しかったなぁ~(^^ゞ

「昼食」
・焼き蕎麦
・ごはん

「ウエルカムドリンク」(披露宴会場のホテルで)
・白ワイン
・ウーロン茶

「夕食」(結婚披露宴の宴会料理)
・お造り(鮪中トロ、王蝶カレイ、ホッキ貝)
・北海道産カスベの煮凝りテリーヌ、海の幸のタルタル マリモ仕立て、オマール海老のカクテル キャビア飾り、生ハム叩きとトマトのピクルスサンド カプレーゼ風
・蒸しアワビの和風スープ ロワイヤル仕立て
・茄子雲丹饅頭 色海老 亀甲椎茸 青菜 別甲あん掛け 木の芽
・真鯛とピスタチオの蒸し焼きと北海道産ホタテ貝柱のポワレ キャビア飾り 浅利貝入りブルーブランソース
・国産牛ロース肉のステーキ ソイソースと茸のクリーム フォアグラのクロケット添え
・お寿司(梅赤飯、サーモン、鯛)
・ピスタチオのモンブラン
・デミタスコーヒー
・スパークリングワイン(乾杯用)
・ビール
・赤ワイン

「自宅にて」
・焼酎のウーロン茶割り

今日のBW:61.5kg
最高24.3(15:13)、最低18.6(04:55)

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昨日の夕方からくしゃみ連発で調子が悪かったんですよ。
仕事を終えて帰宅しても、くしゃみは出るし鼻は垂れてきて、時折鼻ちょうちんになってしまうほどだったんです;
これ以上は悪化させてはいけないと思って、風呂にも入らず大人しく寝たら今朝はまあまあの状態になっていました。
と言うか、今日は父の三回忌法要があったので、気持ちも張っていたせいもあってか、鼻水が垂れてこないように漢方薬を飲んだだけである程度は落ち着いていました。
午前8時起床で、支度をして午前10時に自宅を出発。
徒歩で10分足らずの所にある、以前は足げく通っていた寿司屋が移転して始めた仕出し料理屋に到着。
もちろんこの店の1階はカウンター席がある寿司屋で、2階と3階に宴会や法事ができる大広間を持っています。
そこに祭壇をしつらえ僧侶に来てもらって法事を執り行うんですが、これは一周忌の時も同じ様に行いました。
遠くから参列の親戚達は、遅れてはいけないと早めに到着したようで、1人を除いて後の人達は近所を散策に行ったらしく、私と奥さんが会場1番乗りでした。
徐々に集まってきて、開始時間の午前11時を5分ほど過ぎたところで僧侶が登場し、約25分の読経と約10分ほどの説教がありましたが、途中で線香・焼香の煙が私の鼻を刺激して、何度もくしゃみが出そうになりましたが、何とか我慢して持ちこたえました。
終了後、別室に控えた僧侶にお布施と祭事道具のレンタル料を支払い、持ち帰り用の料理と引き出物を渡して、お引き取り頂きました。
その間に「お斎」の会場へ移動してくださいと言ってたんですが、親戚のほとんどが高齢者なものだから、動きが遅くて全く会場へ入ってなかったんです。
私と母が人波をかき分けて会場に入り、座ってくださいと言ってるのに、何を遠慮してるのか誰も座ろうとしない。
母が言うには、座席に名札を付けてないからどこへ座ってもいいし、私達家族5人は皆が座った後の空いているところに座ればいいと。
そんなのダメに決まってるって!
私達家族がまず場所をここと決めてしまわないと、誰しも上座に座るのを遠慮するんだから、私がまず自分が座る場所を決めろと言ってるのも聞かず、「いや空いてる所でいい」と言ってウロウロしてたんです。
そのうち業を煮やした母の一番上の姉が、「家族5人はその下の所だから私達はこっちに座ろう」と、本来母が決めることを決めて座ってしまった。
ん~、さすがは長女。
こういう場面で好き勝手に座れって言うのは、いくら全員親戚とは言っても相手に対して失礼だと思うし、混乱させないために座席にはこちらで指定して座ってもらうのがベストだと思うけど。
とりあえず全員着席し、家族を代表して私から一言ご挨拶。
これって数日前の日記にも書きましたが、母がメモ用紙に原稿を書いて持ってきて、突然私に挨拶しろって言ってきたやつなんです。
寝耳に水とはこのこと。
普通、喪主が元気なら喪主が挨拶するでしょ。
事前の練習もなしの一発勝負で、原稿も見ずに数度読んだだけのうろ覚えで挨拶を始めたんです。
出だしはよかったんですけど、1ヶ所言葉が出てこなくなったらもう頭は真っ白で、見事に撃沈。
「え~、何だったっけ」とメモに目を落とすと、あちこちから笑い声が上がりました。
とりあえず「ありがとうございました」と〆て、会食が開始されました。
まあ、笑いも取れたし、こんなもんでしょう。
他人様が出席してたら、最初から原稿を読みながら挨拶してるしね。
料理が次々運ばれてきて、蓋物が出た後は何も出てこなくなった。
私が予約した時には、冷たい蕎麦と言ってあったし、寿司屋なんですから当然握りも出るはずなのに、待てど暮らせど何も出てこない。
ほとんどの人がもう食事は終わりと勘違いして、持ち帰り用の折などを包み始めてるので、店の女性をつかまえて「皆帰る気満々なんだけど次に料理はまだかい?」と聞いたら、「申し訳ございません、ただいま寿司を握っておりますので」だって。
その事を告げると、「今出ましたっていう蕎麦屋の出前か!」と笑いが漏れてました。
しばらくすると、握りが運ばれてきましたが、もうみんな血糖値が上がって満腹だったようで、ほとんどの人が持ち帰り用のパックに、運ばれて置かれたと同時に入れてしまってました。
後で係の男性に聞くと、握りたてを食べて欲しいと店の大将の意向で遅くなってしまったと詫びていましたが、それにしてもあの間の抜けた間隔はせっかくの寿司を台無しにしてしまいましたね。
握りに続いて、すぐに蕎麦とデザートが運ばれてきて、引き出物を出席者に渡して三回忌の法要は無事終わりました。
帰り間際に店主の大将に挨拶に行くと、遅くなって本当に申し訳ないと何度も謝ってくれましたが、お互い長い付き合いですからこれもしょうがないですね。

「朝食」
・ハムエッグサンド
・バターロール1個

「昼食」(法事の会席料理)
・持ち帰りできないものだけ食べた(お造り、酢の物、茶碗蒸し、百合根饅頭、冷たい山菜そば椀)
・ビール

「夕食」(家族5人で焼肉屋)
・特上カルビ、特上サガリ、特上ロース、特上牛タン、焼き野菜、ニンニク焼き、白菜キムチ、カクテキ、オイキムチ、ごはん少々
・中生
・赤ワイン
・焼酎のライム割り

「実家で」
・焼酎のウーロン茶割り

「自宅に戻って」
・焼酎のウーロン茶割り少々

今日のBW:64kg
最高15.1(12:33)、最低7.4(24:00)

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今朝は奥さんに頼んであったので、午前9時過ぎに起床。
奥さんは遅出勤務で午前10時過ぎに出勤、私は午前11時からの法事に呼ばれていたので、日曜なのに割りと早めの起床になったんですよ;
午前10時25分、タクシーを呼んでお寺へ向かう。
到着すると、先に看護師長が来ていました。
今日はですね、院長の御尊父様とご母堂様の法事でした。
つまり、当院創業者とその奥方様と言う事になり、私も結構お世話になったのでお呼び頂いたことには不満はないんですが、何たって年忌法要ですからほとんどが院長の一族血縁者。
部外者は、私と事務長、看護師長、中堅ドクターとその奥様の5人だけ。
およそ50名ほどが一族の人なので、肩身が狭いと言うか、かたっ苦しいと言うか。
順次皆さんが到着し、院長も到着したところで、看護師長は体調の悪い院長夫人のお世話係に変身し、私は院長から会場案内をしてくれと頼まれて急遽会場係に任命されちゃいました。
会場係ったって、法要を本堂ではなくお寺の会館の2階にある別室で行うから、来た人に2階へ行けと言うだけだったんですけど;
午前11時、約40分程の読経が始まり、終わると全員別の場所にある飲食店に移動して、午後0時過ぎからは「お斎」が始まりました。
事務長は最初からお斎の会場へ直行してくれと院長に言われていたようで、そこでは受付係として出席者のチェックをしてました。
でもね、私達部外者5人以外はすべて一族血縁者なんですから、受付なんてみんなスル―して会場内に入っちゃいましたし、他人がチェックするより身内同士でチェックした方が早いじゃんと思った。
どれだけカネをかけたのか知りませんが、まあ出るわ出るわ、これでもかって言う位料理が出され、下に書いたメニューのすべては食べ切れませんでした。
午後1時半過ぎ、中堅ドクターが午後2時から用事があると席を立ったのをきっかけに、部外者全員で一緒に会場を後にして帰宅しました。
一族の人達は、その後も会場で飲食を続けながら、身内だけの会話に花を咲かせていたようです。

お寺で会場係の様な事をしていた時、私は会館玄関を入ってすぐの寺務所の横に立ってたんですが、お寺の職員が「お布施を忘れてきたから、明日持ってくるって言ってるぞ」という話が聞こえてきました。
もう1人の職員が、「そりゃ大変だ!お布施がないって大騒ぎになる」と、慌てて電話をかけ始めました。
恐らく、会館は使用料を払うので領収書の対象になるけど、お布施は非課税の領収書なしですから、住職に報告の電話をしたんでしょう。
それにしても、院長一族って、間が抜けてると言うか、誰も気づかないなんて信じられない。
昨年の1周忌の時も、飲食店の宴会場を法要会場にして読経とお斎を執り行ったんですけど、仏様を持ってくるのを忘れただか位牌を忘れただかって大騒ぎしてましたもん。

「朝食」
・ハムたまごチーズサンド
・野菜ジュース

「昼食」(法事の会席料理)
・先付け(サーモンロールいくらがけ、子持ち昆布、蒲鉾、アスパラもろみ味噌)
・酢の物(赤貝、きゅうり、くらげ)
・ツブのうに和え
・みたらし豆腐
・煮物(ホタテ、きぬさや、里芋、蓮根、生麩)
・刺身(マグロ、平目昆布締め、ボタンエビ、ホッキ)
・舞茸の土瓶蒸し(舞茸、エビ、かまぼこ、銀杏、鶏肉)
・茶碗蒸し(エビ、鶏肉、栗、銀杏、三つ葉)
・ブリの照り焼き、はじかみ添え
・ビーフカツ、ドミグラスソース、レタスとスライスオニオンのサラダ
・天ぷら(エビ②、ナス、シシトウ)
・冷たい椀そば
・デザート(夕張メロン)
・黒飯
・中生2杯

「夕食」
・焼酎の根昆布水割り、ウーロン茶割り
・冷やしたぬきそば大盛り(揚げ玉、ネギ、わかめ)

今日のBW:64.5kg
最高26.4、最低17.6

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今日の日曜日、奥さんは通常勤務、私は休みでしたがいつも通りに起きました。
まあ!何と珍しい事でしょう(^^ゞ
実は、昨年父が亡くなってから、母がずーっと懸念していた事があって、今日それに私と弟が付いて行く事になっていました。
と言うか、強制的に連行された感じですけど。
札幌の医療療養型病院に、私の祖母、つまり父の母親が入院しているんです。
元々は遠く離れた離島に住んでいたんですが、連れ合いの祖父が先に亡くなり、1人暮らしをしていたところ脳に腫瘍が発見され、札幌に住んでいた父の弟、つまり私の叔父が引き取って札幌の病院に入院させました。
ところが、腫瘍については手術のしようがないと判断され、そのまま腫瘍が大きくなる訳でもなかったらしく療養生活を送っています。
享年73歳だった父、祖母は現在97歳とか。
叔父の話によると、かなり認知症が進んでいて、食べる事もあまりできなくなっているとか。
認知症、寝たきり、脳腫瘍と、こんな状態でしたから父の葬儀には出席できず、叔父が父の死を知らせるとベッドで号泣していたと聞きました。
本来なら父が元気なうちに1度はお見舞いに行けばよかったんですが、なかなか時間も取れず、場所も札幌市ではあってもかなり外れの方にある病院だったので、腰が重く足が向かなかったんです。
昨年の父の葬儀に出席した際、叔父からまだとりあえず元気だと聞かされた母は、父の1周忌を済ませた事をきっかけにいよいよお見舞いに行く決心をし、弟の車で今日行く事になったんです。
午前8時45分頃弟が私を迎えに来て実家へ行き、午前9時半頃母を乗せて出発しました。
昔と違って、今はカーナビが案内してくれますから、地図を片手にきょろきょろする心配もないため、休日の高速をぶっ飛ばして、思っていた以上に短時間で病院に到着(ガソリン代と高速料金は、なぜか私が負担)。
聞いていた病棟に行き、勤務中の介護職員に病室を聞くと案内してくれ、もう覚えていない程久し振りに祖母と再会。
かなり認知が進んでいるようでしたが、でもところどころ思い出すのか、「まだらボケ」と言った病状の様でした。
時折手を握って涙する祖母、寝たきりではあっても会話はまだ成立しますし、ちゃんと受け答えしてくれるので安心しました。
「逝きたいけど迎えが来ないから逝けない」なんて、本音とも冗談とも分からない言葉も発してましたし、まあ立派なものです。
手を握ると握り返してきて、その握力はまだまだ十分。
4人部屋の他の同室者は、1人はベッド上に座ったまま「ウー」としか発しないし、あとの2人は手が拘縮して不自然な方向を向いたまま固まった状態で死んだように寝たまま。
当院にもこう言った状態の患者は多くいますが、それに比べたら私の祖母は何でここにいるのかと思う位元気な方でしたね。
かと言って私が引き取れる訳でもないので、それについては何も言いませんけど・・・。
あまり長居をしても何だからと「また来るね」と言って帰ろうとしたら、「もう帰るの?」って言われて困ってしまったりして;
この調子なら、100歳の大台を超えるのは大丈夫でしょう。

帰途、高速を走っていたら、前を走る車の動きがふらついておかしい事に気がつきました。
どう見ても酒酔い運転でもなさそうでしたが、必死にふらつく車を直進させようとハンドルを小刻みに動かしているんです。
私がその車の後方から見たところでは、タイヤのバランスが取れてないようにも見えました。
ちょっとヤバいなと思って、弟に追い抜かさせ、前に出てバックミラーを見た弟は、タイヤの左右のサイズが違うと言いました。
それって、整備不良で、間違いなく検挙されるんじゃないのかな。
って言うより、そんな車で高速道路を運転して危ないって!

実家に着いて一休みし、また3人で今度は私の自宅まで出発しました。
交差点で左折する対向車を先に行かせた弟、そのまま普通に国道を走っていて、登り坂の途中あたりに差し掛かったところで、対向してきた軽トラが直進する弟の車の目の前をいきなり左に、弟の車のフロントをかすめるようにスピードを上げたままウインカーも出さず斜めに横切って行ったんです。
弟の車と前を走る車とにわずかに車間があったので、右折するために無茶して行ったのかと思い、その軽トラの後ろ姿を追って
左後方を振り向くと、そのままの勢いで土手に体当たりするように乗り上げ、その勢いで軽トラは屋根を下にして反転する姿が見えました。
あの勢いでは運転席もぺしゃんこになってたかもしれませんし、土手にぶつかるように乗り上げた時に相当な衝撃がドライバーを襲ったでしょう。
私達の車は行き過ぎてしまっていましたから、戻って救助する事も出来ずにそのまま走り去りましたが、後続の車が救助したか、後続の車も巻き込まれていなければいいんですけどと思いつつ、自宅に戻りました。
相当なスピードに見えましたが、ちょうど登りから下りに差し掛かったところでしたから、勢いを付けて登ってきてそのままのアクセルで突っ込んできたように見えましたし、ハンドル操作を誤ったかスピードが出過ぎたか、日曜ですけど真昼間から飲酒運転とは考えにくいし、運転中に急病になって意識を消失したか。
何はともあれ、わずか1秒程度の差でこちらも巻き添えにならずに済んだようです。
交差点で左折車を先に行かせなかったら、「タラレバ」の世界ですけど、事故の巻き添えなんてほんのわずかな運が左右するんですね。
お見舞いに行った帰りに、お見舞いされる側にならなくて本当に良かったと胸をなで下ろした出来事でした。

「朝食」
・自家製パン
・味付けパスタ
・ロースハム
・野菜ジュース

「昼食」(和食レストラン)
・震災復興応援ランチ(鮨(マグロ、サーモン、ホタテ、甘エビ、いくら、ズワイ、玉子焼)、北海道産ざるそば、茶碗蒸し、とろろ昆布の味噌汁)
・母が余したネギトロ中巻き

「空腹凌ぎ」
・レーズンパイ

「夕食」
・焼き笹竹
・茹でグリーンアスパラ
・焼酎のウーロン茶割り
・チョコやスナック菓子など

今日のBW:66kg

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当院看護師のお通夜に、奥さんと連れ立って行ってきました。
奥さんと故人は同僚と言う訳ではないんですが、何度も私の職場内で会っており、会話も交わした事があって、全く面識がない訳ではないんです。
また、故人の姉とは、名前が「かな読み」で同音なのもあって、姉が当院在職中には親しく会話を交わし、正月の夜勤に奥さん手作りの唐揚げなどを持って差し入れに行った事もありました。
さほど深くはありませんが、私を介しての親交が多少なりともあったため、本来は遅出だった今日の勤務を昨日のうちに早出勤務に交代してもらって、一緒に通夜に参列する事にしました。
午後6時半開始でしたが、数日前にも同じ会場でのお通夜に参列していましたので、故人の職場関係や友人関係、ご両親の関係と姉夫妻の関係者を考えると、どう考えても会場には入りきらないだろうと事前に外来スタッフで話し合っていました。
そこで、ちょっと早くてもいいからと準備を整えて家を出て、歩いて10分程度で会場に到着したのは開始の30分程前でした。
その時はまだ空席が半分くらいあったんですが、開始時間が近づくにつれて参列者がどんどん訪れ、後ろの方でパイプ椅子を出す音がしきりに聞こえ出し、会場は立錐の余地もなくなったかのようでした。
それでも参列者が切れる事なく、会葬御礼のはがきも予想を上回る参列者のため数が足りなくなったらしく、受付係の人が帰るまでに用意するので了承して欲しいと大声で叫んでいました。
この受付係をしていたのが、またもや会った!私と旧知の寿司屋の仕出し部門の営業担当者。
15日にわが家の1周忌法要を仕切ってくれたのを始めに、17日の受付事務員の祖母様のお通夜で会い、そして今日。
店で1週間に3回会った事は、独身時代にあしげく通ってた頃には度々ありましたが、まさか葬儀会場や寺で週に3回も出くわすなんて、わが街で仕出しをやってる店は数多くあるのに、偶然とはいえ驚きを隠せませんでした。
今日に関しては、当院院長や詰所、私が会長の親睦会から花輪が出ているので、彼にしてみれば当然私が来る事は予想がついた事でしょう。
それはそうと、通夜開始の挨拶で葬儀社の担当者から、あまりに参列者が多くて入りきらず、隣の会場を第2会場として参列してもらった事に対するお詫びの言葉がありました。
導師役の人が祭壇前に立ち読経を始めましたが、スーツ姿の男性3人が経を読んでる姿にはもの凄く違和感を覚えました。
また、参列者の一部が大声で唱和していることにも驚き、まるで異質な空間に放り込まれた様な気分になってしまいました。
読経そのものは短時間で終わったんですが、参列者全員の焼香が終わるまでの間、導師役の男性達と一部の参列者がずーっとお題目を唱え続けてるんです。
宗教問題に異を唱えると後で大問題になりますから「良い」、「悪い」についての評はしませんが。
この宗派の儀式には始めて参列したので驚く事ばかりでしたが、いくら故人と遺族の意思による「友人葬」といっても、やはりスーツ姿の導師では威厳がないとしか言えませんね。
ハデハデできらびやかな「袈裟」が良いとも思いませんが、少なくとも宗教儀式を取り仕切るにはそれなりの格好と言うのがあって良いんじゃないかと思います。
それにしても、荘厳であるはずの通夜の席で、右も左もお題目の長時間連呼には閉口しました。
もちろん、私の宗派は違いますから、口にこそ出しませんでしたが自分の宗派のお題目を唱えましたし、作法も遠慮がちではありましたが自派のやり方を通させてもらいました。
短い期間ではありましたが、故人とは親しくしてましたし、突然の別れに際して悲しさで一杯ではあったんですが、この会場の異様な雰囲気の中では悲しむ事すらできなく、残念な思いを残して帰宅しました。
明日の葬儀と告別式は、午前10時からとの事。
今日と同じように、混雑を予想して早めに出かける事にします。

「昼食」
・かき揚げ月見讃岐うどん

「空腹凌ぎ」
・バター&バターロール2個

「夕食」
・鶏のから揚げ
・焼酎のウーロン茶割り
・チーチク1個
・プチシュー

今日のBW:65kg

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管理人「か」
性別:
男性
趣味:
食べる事、旅行、飛行機関連
自己紹介:
某医療機関に勤務する、メタボな食いしん坊です。
もともと民間旅客機・軍用機を含む航空機全般が好きでしたが、2006年の4月から陸マイラー(時々空マイラー)生活を始めた、もっぱらJALマイラーです。

   保有JALマイル
合算:76,381マイル
私の分:76,381マイル
奥さん分:0マイル
2021年2月15日現在

マイル使用歴
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