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管理人の食卓風景と日常の日記
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最後まで叔父の遺体に付き添っていたのは、私と私の奥さん、私達のいとこ(叔母の姉の娘)、叔父の次男と嫁の4人だけでした。
いとこである次男は、祭壇横に布団を敷いて早々と寝てしまっていたが、午前3時頃にモゾモゾと起きだしてきた。
私も「ケツ」が痛くて、ちょっと離れたところに布団を敷いて、2度ほど寝ようとチャレンジしましたが、床にせんべい布団じゃあ「床暖房」の熱がモロに襲ってきて、熱くて寝られたものじゃない。
結局また飲み直していたんだけど、午前3時頃にいとこが起きて来たのと入れ替わりで、1時間ほど仮眠を取らせてもらった。
いとこの女性と次男の嫁も午前2時頃布団を敷いて寝たのはよかったんだけど、まあ寝相がよろしくなくて、いとこの女性なんか掛け布団を跳ね上げて「パンツ丸見え」状態で朝まで爆睡してたんです。
みんな身内だから誰も何も言わないけどね(^^ゞ
私が寝てる間に奥さんはお寺近くのコンビニへ行ってコーヒーやらスイーツなどを買って来たらしい。
午前4時頃から私もズーッと起きてましたが、結局「完徹」したのは奥さんだけでした。
さすがに夜勤慣れしてらっしゃる。
私が目覚めたのは暑かったからもあったけど、昨夜食べたパイ菓子に異物が入っていたようで、最後のひと口を食べたら口の中で「ガリッ!」と石をかじったような音が聞こえたんです。
その時もしばらくは痛みを感じたんですが、そのうちに感じなくなったので放置したのが間違いでした。
眠りに落ちると、左奥歯付近が「ジンジンジンジン」と波を打つような痛みが襲ってきて、でも鎮痛剤が入ったお泊りセット用バッグは、他の親族が寝ている大部屋に置きっぱなしにしてきてしまったから、こんな変な時間に入り込んで誰かを起こしてしまっては申し訳ないので、仕方なく我慢してたんです。
みんなが起き出す時間を見計らって奥さんとバッグを取りに行き、鎮痛剤と胃薬を飲んだんですがもう手遅れでした。
手一杯痛くなってから鎮痛剤を飲んでも効果がない事は私も知っていました。
鎮痛剤を飲んだ事によって効果があると暗示をかけるくらいしかないんです。
午前7時20分頃、朝食の準備ができたと仕出し屋の係りの女性が呼びに来たので、朝から空腹な私と奥さんが会場へ行って弁当箱のふたを開けると、そこにはしょっぱいおかずが3品しか入っていない、嬉しくも何ともない光景が目に飛び込んできたんです。
ごはんと味噌汁は普通の茶碗とお椀、漬物は丼盛り、別の塗りの容器は何かと思ったらありえない大きさに切られた焼き海苔だけでした。
ごはんと味噌汁はおかわり自由と言われても、このおかずではごはん2杯が限界。
紙コップのコーヒーを貰って喫煙場所に行き、控室の方へ行って喪服に着替え始めたけど、何だかな~の仕出しでがっかりでした。
参列者が集まってきて、午前9時55分から葬儀・告別式が行われ、弔電の報告や葬儀委員長の挨拶のあと、棺をみんなの前に移して中に供花の花を摘んで入れて、棺にふたをして最後のお別れをしました。
火葬場(本名は葬祭場)に着いて、棺を炉に入れて参列者は控室へ行かされ、そこで昼食。
久しぶりの麺にご対面だったけど、何もかにもが残念!
どうやったらお稲荷さんの味付けをここまでしょっぱくできるのか?
午後1時過ぎ、叔父の遺体が焼きあがったとの報告を受けて、全員で遺骨のところへ。
真っ白で、柔道をやっていた叔父らしく骨太な遺骨が目の前に現れました。
参列者全員で箸を渡しながら遺骨を拾って、骨箱に収めたんですが、首から上は遺族だけが最後に骨箱の上に来るように入れるから拾わないで下さいと注意してたにもかかわらず、ちょっと目を離したスキに人の話を全く聞かない知り合いと言う認知がかったジジイが、アゴの骨を拾ってしまい、しかも、首から上の骨を胴体の骨とゴッチャにしようとして箸でかき集めて混ぜてしまい、そばにいた長男の嫁とうちの奥さんが止めて引き離し、アゴの骨を元の位置に戻してその場を収めたけど、周りにいた全員が憮然とした表情を浮かべた。
しかもこのジジイ、全く関係ない家族のバスに乗り込んで帰ろうとして、他の参列者に止められていたし、家族だけで骨を拾ってるところに入り込んで自分もまた拾おうとして他の参列者に止められて、何やら訳の分からない事をほざいていた。
私の弟に聞いたら、有名な飲食店の創業者だけど、認知がかってきていて持っているお金をバラまくように落としても全く分からず、さらには預金通帳まで落として歩いているとの事。
言っても聞かないし、どうしようもないけど、厳かな葬儀の場をメチャクチャにした事は絶対に忘れない。
お寺の会場に戻り、僧侶3人が来て、最後の「骨上げ式」の読経が午後2時から。
すべてが滞りなく終了し、最後に遺族を代表して施主の長男の挨拶で終了。
花やお供物を分配し、初七日、35日、四十九日を合わせた料理を手渡されて帰途につきました。
帰宅後、奥さんとお疲れと、荷物の片づけもそこそこに2時間ほど仮眠をとりました。

まあ、葬儀の参列って気を使って疲れるものですが、身内となるとその疲れ方もハンパじゃない。
自分が父の時に施主もどきとして駆けずり回った時よりは楽だったとはいえ、やはりこう言ったイベントへの参加はうれしくはないですね。
ただ、通常で行けば両親がいるわけですから(片親や両親に小さい頃に不幸があった人には申し訳ないけど)、私もこのいとこももう1回はこういった役回りをしなければならないし、うちも来年7回忌を執り行うように、1周忌、3回忌、7回忌と年々呼ぶ人は少なくなるけど主(あるじ)としての役回りは付いて回ってきます。
嬉しくはないと言っても、『葬』を大事にする日本人として生まれたからには、長男は誰しもが経験することですから、嫌とは言えない、文句を言ってる場合じゃない事は心しておかないと。
それにしても、1月に続いて4月と、同じ家庭の祖母と父を亡くした叔母やいとこを含む家族の方々にはお悔やみの申し様もありません。
それと、3ヶ月で2回も火葬場に、しかも身内の、行くなんてもうたくさん。
今後10年以上は行かなくていいところです。
そうありますように。

「朝食」(仕出し)
・ごはん、味噌汁、漬物盛り合わせ、海苔、塩辛、マグロの角煮、いくら
・コーヒー

「昼食」(火葬場での仕出し弁当)
・ひと口とろろそば、太巻き2切れ、稲荷寿司2個、鶏のから揚げ、千切りキャベツ、きゅうりスライス、プチトマト

「夕食」(法要の持ち帰り仕出し3段弁当)
・煮あわび、肉団子、焼売、煮物(筍、椎茸)、ホタテの衣揚げ、かに爪、ブリ大根、鶏の照焼き、玉子焼き(他に食べなかったものでは、ボタンエビの塩焼き、特大鮭の超薄切り焼き、ホタテスモーク、特大羊羹、煮栗他)
・握り(うに軍艦、ホッキ②、ホタテ、(食べなかったけどマグロづくし(赤身、中トロ、大トロ)、甘エビ、いくら軍艦、奈良漬細巻き))
・ぬる燗
・焼酎のホッピー割り&ウーロン茶割り

帰宅時の今日のBW:61kg
最高14.1(10:379、最低4.6(04:37)

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管理人「か」
性別:
男性
趣味:
食べる事、旅行、飛行機関連
自己紹介:
某医療機関に勤務する、メタボな食いしん坊です。
もともと民間旅客機・軍用機を含む航空機全般が好きでしたが、2006年の4月から陸マイラー(時々空マイラー)生活を始めた、もっぱらJALマイラーです。

   保有JALマイル
合算:76,381マイル
私の分:76,381マイル
奥さん分:0マイル
2021年2月15日現在

マイル使用歴
2009/1/15:40,000マイル
2010/1/11:50,000マイル
2011/1/15:70,000マイル
2011/11/1:60,000マイル
2012/9/10:40,000マイル
2015/1/17:100,000マイル
2017/1/12:10,000マイル
2018/4/23:30,000マイル
2018/10/20:50,000マイル
2019/10/31:15,000マイル
2019/12/15:35,000マイル
2020/6/18:20,000マイル
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