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管理人の食卓風景と日常の日記
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今日は午後から5件連続の会議。
面会に来たメーカー担当者が、私が会議から戻ってくるのを待っていたようですが、なかなか来ないので、受付に書類を預けて帰ってしまったとか。
5件も続けば、そりゃあたっぷり2時間近くは掛かりますもんね。
夕方、何となく寒気がして、帰宅後に風呂に入るつもりだったのを止めて、テレビのニュースを読みながら中から温める水を飲み始めました;
今日奥さんは夜勤で不在。
午後6時を回って、夕刊を読み始めたころ、突然「ドスン」と突き上げられて落とされたような感覚がありました。
すぐに「これはおかしい、地震かも」と思い、リモコンでストーブを消して、テレビを国営放送に切り替えたんですが、画面上は変化がなかった。
その数秒後からユッサユッサと横揺れが始まり、さほど強くはなかったんですが、20秒ほどその横揺れが続いていたように感じられました。
完全に揺れが収まったと感じたのは、1分以上たってからの事。
高層マンションでは、上層階は揺れが強く長く続くんです。
するとようやく生放送のニュースで地震速報が入り、すぐに携帯の地震情報メールが届きました。
続いて津波注意報が発令されたとアナウンサーは原稿を読み上げ、「海に近づかないでください」との定型文を何度も繰り返し放送し始めました。
三陸沖が震源の最大震度4の地震で、わが街は震度2だったんですが、久々の揺れで、しかも私1人だったため立ちすくんでしまいました(^^ゞ
太平洋側では最大で20センチの津波を観測したようですが、午後7時40分に津波注意報は解除され、テレビのニュースでも情報を流さなくなりました。
午後9時前、国営放送でローカルニュースがあるので、それをチェックしようとその後の情報を見ていましたが、特に大きな問題は発生しなかったような事をアナウンサーは言っていました。
午後9時、全国ネットのニュースが始まり、一連の地震と津波のニュースを伝えているまさにその最中に、「ピロリ~ン、ピロリ~ン、緊急地震速報」との音声がアナウンサーの原稿読み上げを遮るように流れ、生放送のスタジオも揺れている状況を映し出しました。
緊急地震速報が流れて、間髪を入れずに東京渋谷のスタジオが揺れたという事は、震源は東京に近いなと思ったら、震源は千葉県沖との事。
この時もわが街も揺れを感じ、北海道とは距離があったため震度は1でした。
東日本大震災の震源の北側と南側で立て続けに発生した今日の地震、いまだに昨年の大震災の余震が続いているという事を思い起こさせてくれました。
昨夜午後9時過ぎの最大震度5弱を皮切りに、今朝8時現在までも千葉県東方沖を震源とする震度1~3の地震が続いていました。
これからまだ大きな地震が起こるという予測は理解しているつもりですが、いざその状況に遭ってみると、何もできずに立ち尽くしてしまう自分が情けないなと感じましたね。
いつになったら終息するのか、想像もつかないところが焦燥感を増幅させますね。
今夜は1人で寝れるかしら(^^ゞ

「朝食」
・ごはん
・豆腐とわかめの味噌汁
・ふりかけ
・鶏塩缶

「昼食」
・たらこスパゲッティー(舞茸、刻み海苔)

「夕食」
・ロースかつ丼
・焼酎のウーロン茶割り

今日のBW:62.5kg
最高3.6(13:34)、最低 マイナス7.3(01:10)、積雪量76センチ

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もう3月も中だと言うのに、何ですかこの天気は。
夜半から降り始めた雪が、起きた時には吹雪になっていて、出勤時には薄っすらどころかこんもり雪が積もってたんです。
氷の上に積もった雪は滑って怖いんですけど、今朝の雪はかなり湿っていたようで、昨日よりはるかに歩きやすかったですね。
でもその分、帰宅時の夕方にはカッキ~ンと凍っていて、久々にヨチヨチ歩きで帰ってきました。
今日は全国的に冷え込んだんでしょうか、大阪でも日中は最高で9℃なかったんですね。
週末の北海道は、ほんのちょっとだけ気温が上がって、土曜には雨の予報です。
でも、週間予報を見るとまだまだ雪だるまが幅を利かせてるんですよね。
一体いつになったら春らしい気候が訪れるんでしょうか。

今日も忙しかった;
訪問者は、メーカー担当者1人だけだったんですが、午前中はビッチリ入院患者の薬の調剤で汗をかいていました。
リズムが戻らなくて目が回るような忙しさに感じ、最初は余計な事を考え過ぎて全然仕事が進まなかったんですが、1時間くらい続けていたらだんだんリズムが戻って来て、朝8時から3時間半ほどかけて、第1病棟の入院患者の薬の1週間分を調剤し終えました。
まあ、こんなもんでしょ。
助手を手足のように使って動かせば、楽勝ですよ。
体も軽いしキレもあって、疲れはしたけど足が痛いとか腰が痛いとかって事にはならなかったですね。
仕事中は何ともなかったのに、その反動なんでしょうか、帰宅してからが大変で、足首から下が痛くて歩けなくなったし、ふくらはぎは張ってるし、腰は重ダルいし、お歳なんですかねぇ(^^ゞ

サッカーなでしこジャパンのキャプテンが、体調不良で試合を欠場してました。
今日のニュースで、「良性発作性頭位めまい」と診断されたと報じられました。
私も以前めまいに苦しめられた事があって、あのめまいは辛いんですよ。
1年くらい耳鼻科に通院してましたが、結局原因不明で、耳管通気をしたり投薬での治療をしたんですけど、時々忘れた頃に襲ってくるめまい発作には苦しめられました。
本当に世の中が回って、立ってられなくなるんです。
気分が悪くなるのはもちろん、どこかに吸い込まれそうになる感じがして、このまま死ぬんじゃないかって不安に駆られてしまうんです。
めまいは脳の異常、耳の三半規管の異常、更年期障害の不定愁訴など色々な原因で起こるらしく、その診断ができれば名医だと言われるそうです。
有名なのはメニエール症候群ですが、原因不明で切迫した命の危機がない場合は、大体この病名をつけるようですよ。
つまり、確たる治療法がないと言う事。
このキャプテンの場合も、放っておけば1ヶ月くらいで治るって偉い先生がテレビで言ってました。
私の場合、処置や投薬では効果がなく、ある時手元にあった熱くなる温湿布を肩甲骨の内側と肩から首にかけてベタベタ貼ってみたところ、それ以降めまい発作は起こらなくなりました。
今でもしょっちゅう苦しめられる肩こりがめまいの原因だったようです。
温湿布は、肌に強烈な刺激を与えますから、私でも2時間も貼っていれば肌が真っ赤になってしまいますので、今は貼る事はありませんが、キャプテンももしかしたら温湿布で良くなるかもね。
それより、ヘディングなどで頭に衝撃が加わるので、今後も十分に注意した方がいいと思います。

「朝食」
・ごはん
・ハムエッグ
・鮭缶

「昼食」
・カニカマうどん
・おにぎり(鮭まぶし、わかめごはん、鶏五目ごはん)

「夕食」
・鶏手羽煮
・焼酎のウーロン茶割り

今日のBW:63.5kg
最高 マイナス0.1(12:29)、最低 マイナス6.9(24:00)、積雪量78センチ

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「仕事行きたくない病」でした。
でも、さすがに今日は休むわけにはいかん。
デスクの上には山のように書類が溜まってるだろうし、礼儀としてお土産をみんなに渡さなきゃならないし、来るであろう問屋の担当者にもお土産を渡さなければ。
その一念で、食欲がなかったけど無理して納豆パワーで流し込み、めまいがしそうになるのをこらえて出勤しました。
昨日も感じましたが、1週間でかなり雪が少なくなりましたねぇ。
でも、溶け残った氷が滑る滑る。
積もってる雪より、はるかに歩きづらくタチが悪いんです。
今朝も1度滑って転びそうになりましたよ;
自分のデスクに行くと、案の定、処方箋や伝票の山やまヤマ。
何から手をつけようか、思わず立ちくらみしそうになってしまった。
1つづつ順番に片付けて処理していき、すべてが処理し終えたのは午前10時と、2時間もかかってしまった。
その間にも、処方変更の指示が来たり、あれを買って下さいと依頼が来たり、病棟に配置する薬や医療材料などの払い出しノートが来たり、目もくらむ様な忙しさとはまさしくこの事を言うんだなと思いながら手際よく片付けて行きました。
本当は、今日から来週分の入院患者の薬を作り始めようと思ってたんですが、この2時間で精も根も尽き果ててしまい、今日はもうこれで終わり!
昼の、メーカー主催の勉強会も、今日はパス!
ドクター達は、今日から私が復帰するのを知っていたのか、今日はいつも以上に処方変更指示が多かった;
昼休みを終えて戻り、今日分の伝票を処理して帳簿をつけていたら、来るわ来るわ伝票が次から次へとどんどん来て、帳簿づけもそのたびに中断して全く進まず、私のイライラがつのって爆発しそうになりました。
あまりにも伝票が多くて、3時半からの会議にも出られず、気がついたら3時40分になっていました。
その合間には、先週1週間会えなかった問屋の担当者、たまたま来たメーカー担当者が面会に来て、これまたそのたびに仕事は中断。
申し訳ないが、問屋担当者の1人にはまた来てと帰ってもらいましたし。
先週の月曜に、4月から施行される新薬価の官報公示があったので、それについての自分の所の帳合分の一覧を持ってきてくれるのはありがたい事なんですが、いかにもタイミングが悪すぎるんですよ。
午後4時半過ぎに来た問屋担当者は、先週名古屋へ行ってきたと、名物の手羽先を買ってきてくれました。
彼には前にもお土産を貰っていたので、今回お土産を渡そうと買って準備してたんですが、見劣りしちゃいましたね(^^ゞ
午後5時に来た問屋担当者も、毎年夏に大阪(甲子園球場など)へ遊びに行くついでにお土産を買ってきてくれるので、買って準備して手渡しました。
結局、片づけを始めたのは午後5時15分頃。
今日は、あっという間の1日でした。
外来看護主任曰く、「いつものリズムに戻るには、時間がかかるよねぇ~」って。
その通りだと、私も思います。
明日も頑張らなきゃね。
それにしても、今日はマヂ疲れましたわ。

「朝食」
・ごはん
・納豆
・鮭缶
・塩昆布

「昼食」
・海鮮塩ラーメン(ホタテ、タコ、カニカマ、卵、ネギ)
・おにぎり(鮭ハラス)

「夕食」
・柿の葉寿司の残り
・おかずセット(ミニハンバーグ、コロッケ半分、エビフライ、玉子焼き、鶏唐揚、南瓜サラダ、ブロッコリー)
・焼酎のウーロン茶割り

「つまみ」
・お菓子など

今日のBW:63.5kg
最高0.0(15:54)、最低 マイナス4.7(04:39)、積雪量75センチ

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昨夜寝たのは、午後11時半頃だったと思います。
テレビを見てて、奥さんが先に寝て、私も一気に疲れが出たんでしょう。
いつも見てる夜中の料理番組が、昨夜は30分ほど時間が遅くなったのを待ち切れず、座椅子に座ったまま寝てしまいそうになったのを、何とか気力を振り絞って布団に潜り込んだようです。
今朝起きたのは、午前11時頃。
和歌山で半ラーメンを食べましたが、大阪滞在中に最も食べたかったのは「麺類」でした。
たこ焼きもお好み焼きも、「粉もん」の代表として小麦粉製品なんで、ラーメンもうどんもパスタも同じ小麦粉製品ですけど、やっぱり違うんですよね。
『細長いものが食べたい!』
昨日も伊丹空港で蕎麦を食べましたけど、定食屋じゃあ蕎麦の香りも味もしなかったし。
先週金曜日頃には、奥さんに「ラーメンが食べたい」と、麺欠乏症状を訴えていたんです。
で、今日も昼食にラーメンとリクエストを出したんですが、旅行前には冷蔵庫を空に近い状態にしてあったので、麺は冷凍してありましたが、具がないと言われました;
奥さんも、作るのが面倒だったようで、いつも行くラーメン屋じゃないの?と言ってくる始末。
ん~、私もその意見に賛成と、急ぎ支度してラーメン屋へ。
やっぱり、食べ慣れた店のラーメンは旨いっ!
ちょっと、ちょっとですよ、温度が低めでトロミも少なかったけど、空腹状態の私達には最高の状態で出してくれたと感謝ですね。
コンビニに寄って帰宅し、あとはテレビっ子でした。
でも、今日は東日本大震災関連番組ずくし。
見ながら慰霊の意を表し、昨年の今日の自分達の事や、翌日宮古島から出られなかった事などを思い出していました。
先週から震災関連番組は放送してましたので、事あるごとに大阪でも見てましたが、改めて当事者の方々の話を聞き、当時撮影された惨劇を目の当たりにすると、グッと来るものがありますね。
1つ気になったのが、震災発生と同じ時間の黙とうのシーンです。
カメラマンが黙とうしている人達の表情を撮ろうとしてカメラを下から向けてみたり、近づいてアップにしてみたりしていましたが、カメラマンは黙とうしてなかったてことだし、照明係も音声係も仕事に熱中して哀悼の意すら示してなかった事になりますよね。
天皇皇后両陛下が、同じ時間に黙とうを捧げているのに、撮影クルーは特権のように被災者達の間をチョロチョロしてたんですよね。
カメラもマイクも、定点に設置して撮影すれば済む事なんじゃないんですかね。
こんな日のこんな時間に、「絵になる」撮影をする必要があるのかと聞きたい。
結局は同じ内容なのに、各放送局は覇を競うように被災地入りして中継してましたが、大震災からもう1年とは言ってもまだ1年。
仮設住宅に住む被災者にマイクを向けて、「1年経ったご感想は?」なんて馬鹿げた質問がよくできるものだと呆れてしまいました。
『見りゃ分かるだろっ!』って、私ならそう怒鳴って追い返したかもしれません。
中央では与党と野党の政争で何も法律ができず、被災県が復興費用の請求をしたら、復興庁だかって言うできたばかりの役所が請求を半分しか認めなかったってか。
どこかに書いてありましたが、あれは復興庁じゃなく査定庁だって。
一体誰のための、何のための役所なのか。
そこに配属された役人が威張りくさるために、予算配分の権限を与えたわけじゃないってのを分からないで、霞が関の掟そのままに事をし始めたものだから、迅速な復興復旧なんか望むべくもなくなってしまった。
『絆』と言う言葉をよく見聞きしますが、日本人として絆が大事と口にするのなら、なぜ被災地のガレキの受け入れを拒否するんでしょうか。
静岡県のある町で、首長が受け入れを表明したら住民がこぞって「1ベクレルも持ち込ませない」って大反対したんだと。
受け入れ反対の人がデモのような事や集会を開いたら、そこに参加した人の半数以上は県外から来た人間で、「何でも反対派」の連中だったらしい。
首長が試験的に被災地から運び込んだガレキを処分したら、そこの町の普通に出るゴミと同じ数値の放射線量だったってさ。
1ベクレルどころか、十数ベクレルだったって言うんだから、お笑いだよ。
この地球どころか宇宙で暮らしている以上、放射線量ゼロとか被ばく量ゼロなんてありえないんだって何度言っても分からない輩が多すぎ。
もう1つ、雑誌で読んだ話ですが、大震災の影響で液状化現象により家屋が全壊・半壊・傾いて住めなくなった千葉県のある住民の声として、自分達も被災者なのに、他人から「東北へボランティアに行った?」と聞かれ、自分もこういう状況だからと答えたら、まるで冷酷な非国民のような扱いをされて辛かったと載っていました。
首都圏の人にとって、ボランティアは義務であって行かなければならないもの、ある人にとっては週末のレジャー感覚で行ってるような風潮も見られますね。
できる事はしようと言う精神は立派ですけど、それも自分の足元が正常な状態で、衣食住満ち足りてる人が行う事でしょ。
家が傾いて住むに住めない、ローンは支払わなければならない。
そんな状況の人にボランティアに行かないのはおかしいという方がおかしいって、頭がおかしくなってて分からないのかな。
それを世の中では「偽善者」って言うんですけど、この漢字は読めますかね。

「朝食」(ラーメン屋)
・あんかけラーメン、麺増量

「おやつ」
・みたらしだんご

「夕食」(これも伊丹空港で買ってきた)
・たこ昌の冷凍たこ焼き(秘伝しょう油味、ねぎたこ焼き、明石焼、博多明太子)
・焼酎のウーロン茶割り

「つまみ代わり」
・串かつやお好み焼きを模したお菓子
・みたらしソースをサンドした焼き菓子(道頓堀の恋人)

今日のBW:63.5kg
最高1.7(13:11)、最低 マイナス6.0(05:57)、積雪量76センチ

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遊んでいると時間が経つのは早いものです。
月曜夜に自宅を出発して千歳に前泊したのが、昨日の事のように思えてきます。
今日はもう、北海道へ帰らなければなりません。
今朝も午前7時半に起床し、身支度をして帰る準備も整えて、朝食バイキング会場へ行きました。
メニューは毎日ほぼ同じでしたが、平日と土曜とでは客層が全然違うんですね。
到着した水曜夜から昨日の朝までは、ホテル内で見かけるのはほとんどがスーツにネクタイ姿のサラリーマンでしたが、今朝のバイキング会場にはスーツ姿はほとんどなく、そのほとんどがカジュアルな服装の観光客らしき姿でした。
昨日まで出張で今日帰るらしいサラリーマンもいましたけど、私服が大勢を占める中でのスーツ姿って、もの悲しい物がありますね。
変わらぬメニューの中でも、初日は味付け海苔、2日目はふりかけに半熟卵ごはんにしたので、今日は納豆にしようと並んでいた小さな容器の納豆に正油を入れてテーブルに運び、茶碗のごはんにかけるのは遠慮して容器に少しづつごはんを入れて混ぜて食べました。
すると、後から来た女性客がテーブルに案内してきた従業員男性に、「納豆クサいから席を変えて」と言う声が私の耳に聞こえてきました。
従業員は「そうですか?あまり感じませんけど」と言ったように聞こえたんですが、女性客が「いや!ニオうから・・・」と、強引に私とは離れた席に替えさせたようでした。
食べ物の好みは十人十色で、納豆は東日本では当たり前のように食べてるので、特別ゲテモノを持ち込んで食べてる訳でもないのに、これ見よがしに聞こえるように言うっていう女性の品格が疑われますよね。
とりもなおさず、バイキングのサブメニューとして置いていたホテル側の事も非難してることになってるなんて、そんなとこまで考えが及ぶわけがないか。
どこの土地から来たのか知りませんけど、そういう人に限って他地方の人が鼻をつまみたくなるような地元の発酵食品は平気で食べて、食べない人に対して「何でこんな美味しい物を食べないのか?」とバカにするんです。
まあ、おバカさんの事はそのくらいにして、ちゃちゃっと食べて部屋に戻って、今日もゆっくりでした。
準備は整ってるし、ホテルの特典でレイトチェックアウトとして、午後3時まで部屋にいていい事になってるんですが、そうも言ってられませんし落ち着きません。
今日の天気は、好天とはいかないまでも昨日とは打って変わっての晴天。
昨日と変えて欲しかったと思っても、自然相手じゃ仕方がないですね。
いつまでも部屋にいてもしょうがないと、午前9時半にチェックアウトし、伊丹空港へと向かいました。
予定では、地下鉄とモノレールを乗り継いでいくはずだったんですが、ボストンバッグの重さはさらにその重量を増し、また乗り継ぎで迷っても困るからと、ホテルからタクシーで一路空港へ向かいました。
阪神高速をどれだけのスピードでぶっ飛ばすのか運転手、まるでUSJのアトラクションのようなスピードと車線変更でした。
空港でまず重いボストンバッグをカウンターに預け、空港内を端から端まで歩いて検索し、お土産を色々と買い込んで別の袋にギュウギュウに詰めて、それは奥さんの荷物としてカウンターに預けました。
昼食後にセキュリティーゲート内に入り、ぶらぶらしたりベンチに座って本を読んだりして時間を過ごしてたんです。
私達が搭乗する飛行機が到着し、まだその乗客が降機していないのに、時間を間違えたのか私達を乗せて操縦する予定の機長と副操縦士が機内に入って行こうとして、他の係員に止められていました。
その様子を見た奥さん、「この人達に命を預けるんだよね;」だって(^^ゞ
最初はバツ悪そうにしていた機長、乗客が降りてくるのを見てゲートの所に立って「ご利用ありがとうございました」って乗客に頭を下げ始めました。
その姿を見て、副操縦士も慌てて並んで頭を下げ始めました。
その後から何事もなかったかのようにゲート付近に到着した客室乗務員の一行、機長が頭を下げてる姿を見てクスクス笑ってる者もいれば、一緒に並んで頭を下げ始めた客室乗務員もいた。
小さい子供には、シールのようなものを手渡してサービスに努めていた機長と副操縦士でしたが、時間はきちんと守りましょうよと、偶然出くわした光景に苦笑いしてしまいました。
搭乗してシートに座ると、奥さんの身にトラブル発生!
頭上の荷物を収める共用収納棚(オーバーヘッドビンと言います)から落下物があり、奥さんの手の甲に命中したんです。
痛いっ!と叫んだ奥さん、私達はショルダーなどの荷物を棚には収納せず、前のシートの下に寝かせて置いてるので、自分達のものではない事は明白。
すいませんと慌ててその落下物を探して床に這いつくばった男性、通路を挟んで横の席の乗客でした。
自分の頭上に収納せず、わざわざ反対側の私達の頭上に収納するってどういう事よ!
自分の頭上に収納してれば、自分に落ちて来て痛い思いをしただろうに。
落下物は、黒い手帳のようでしたが、バッグだか何かをちゃんと閉じてないからそういう事になる。
すぐ横でこの光景を見ていた客室乗務員は、何も言わず黙って薄ら笑いを浮かべてるだけ。
さっきの機長を見て笑って奴と言い、こいつと言い(もしかしたらこいつだったのかも)、『やっぱりJALの職員はいまだにロクなもんじゃない』って事がよく分かりました。
本当に1回倒産させて全職員を解雇して、新しい航空会社として人を選んで雇えばよかったのにとつくづく思ったね、この時は。
しっかり現場を見てたのに、奥さんに大丈夫ですかの一言もないんだから。
憤懣やるかたない気分でしたが、定時をちょっと過ぎて機体はテイクオフ。
今日も雲だらけで、下界の姿は拝めずじまいのまま羽田に着陸。
着陸時の衝撃はほとんど感じられなかったけど、着陸寸前にエンジンパワーをかなり上げたところをみると、高度を下げ過ぎたか失速しそうになったようです。
高度を下げ過ぎたとみると、地面との高さがあまりなくなってる訳ですから、着地時のショックが少なく感じられたのは納得がいきます。
結局奥さんが言ったように、命を預けられないコクピットクルーだったのかも。
羽田では2時間弱ほど時間の余裕を取ってあったので、あちこちの店を眺めたり、サンドイッチを食べたり本を読んだりして過ごし、午後5時半の新千歳行に乗って帰道しました。
北へ向かうにつれて暗闇が濃くなって行き、窓からは何も見えなくなったので、本を読んでたらいつのまにか寝てしまっていた。
着陸態勢に入って高度がぐんと下がると、街の明かりが見え始め、それと一緒に白い大地が見えてきて、「あ~帰ってきちゃった」といつものため息。
寒い寒い、見た目も体感も、大阪とはまるで違う寒さが襲ってきました。
空港からは公共交通機関で帰路に付き、午後9時少し前、わが家に到着しました。

今回は白浜は別にして、大都市大阪を堪能してきました。
予想以上に楽しかったし、美味しかったし、人が多かったし。
これと言って不愉快な事もなく、いつも必ず1人は「何だこいつ」って言うのにも遭遇しなかった。
白浜は別と言ったのは、大都市じゃないだけじゃなく、行き帰りのJRで一緒の車両になったうるさい家族集団だけは閉口したという事です。
返すがえすも残念だったのは、予想以上に関西圏が寒かった事ですね。
今度の旅行はまだ決めてませんが、3月のこの時期は春秋物のブルゾンにシャツだけではだめだという事も学習しましたし、奥さんが途中で買ったアンダーウェアーのようなものを私も必要だと感じました。
でも、なかなか記憶に残る楽しい旅だったので、これで今回の旅日記は終了します。
明日は予備日で休みなので、のんびり寝てよう・・・かな?(^^ゞ
それにしても週明け月曜は・・・、仕事に行きたくないようぅぅぅぅ(涙)

「朝食」(ホテルのバイキング)
・ごはん、味噌汁(わかめ、なめこ、豆腐、ネギ)、京漬物各種、ハム、ベーコンソテー、ボイルドウインナー、鯖照焼、出し巻、納豆、塩昆布

「昼食」(伊丹空港内)
・かやくご飯定食(かやくごはん、冷ぶっかけそば、漬物)

「空腹凌ぎ」(羽田空港セキュリティー内)
・和牛と黒豚のメンチカツサンド

「夕食」(自宅に戻って)
・柿の葉すし(鯖、鮭、穴子)
・焼酎のウーロン茶割り

「デザート」(お土産に買ってきた)
・元祖大阪みたらしだんご(団子の中にたれが入ってる団子)

わが街の最高1.3(13:18)、最低 マイナス5.7(05:50)、積雪量78センチ
大阪の最高11.6(14:00)、最低5.6(23:51)

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管理人「か」
性別:
男性
趣味:
食べる事、旅行、飛行機関連
自己紹介:
某医療機関に勤務する、メタボな食いしん坊です。
もともと民間旅客機・軍用機を含む航空機全般が好きでしたが、2006年の4月から陸マイラー(時々空マイラー)生活を始めた、もっぱらJALマイラーです。

   保有JALマイル
合算:76,381マイル
私の分:76,381マイル
奥さん分:0マイル
2021年2月15日現在

マイル使用歴
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2010/1/11:50,000マイル
2011/1/15:70,000マイル
2011/11/1:60,000マイル
2012/9/10:40,000マイル
2015/1/17:100,000マイル
2017/1/12:10,000マイル
2018/4/23:30,000マイル
2018/10/20:50,000マイル
2019/10/31:15,000マイル
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